失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】





ごく普通の

皆が普通と言ってる人生が

本当に消えようとしている

その消えかたは前に感じた

日常の喪失とは

比べようもないほど深刻であり

現実であり

現実的なほどに絶望的だった

本当に人並みの人生が消える

普通に結婚し会社に通い

子供を育て夫婦で年老いていく

そういう人生が

本当に消えるんだ

どんなに兄が恋しくても

父と母というモデルが

僕には生まれた時からあった

2つの相反する愛の形は

僕の中で当たり前に同居していた

それはただひとつ

僕はゲイではない

という無意識の前提が

僕自身にあったからなのだと知る



その前提がいつの間にか

崩壊してたことに気づく

気づいてから知る

僕は普通に生きていくことを

疑いもしなかったということを






雷が近づいてくる

稲妻が窓を震わせる

大地はなくならないと思っていた

いまその地面が足元から崩れていく

支えられているという安直な

思い込み?

いや違う

僕の支えは普通の家族という形

それはあまりにも無意識に蓄積され

疑うことすら忘れていた僕の拠り所

そしてそれはこの世界の拠り所でも

あるのだ

だから人はこの世界で生きるために

それに寄り掛かる

無意識にそれが

生まれた時から刷りこまれていく





僕はそれを喪った

僕はもう

その場から立ち上がれなかった









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