失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




恐ろしくて想像すらしたくない

兄が僕にしたことを

僕が受け入れれば受け入れるほど

兄の罪は他者にとって

重さを増すだろう

母は嘆き悲しむだろう

そしてまた母は自分自身を

責め続けるだろう

そしてあの離婚の時のように再び

精神を病んでしまうかも知れない

父は兄を

許すだろうか?

血の繋がらないゲイの息子が

自分の実の子を幼い頃から犯して

同性愛を教え

その子から人並みの人生を

奪った…と考えるとしたら

父と兄の絆は

一体どうなってしまうのだろう?

凍り付くような恐怖に襲われる

僕が父から責められるならいい

だが父は兄を

どこまで許せるのだろう





大好きな二人の大切な信頼が

僕のことで崩れていく

誰も互いを憎んでいないのに

心から慈しんでいるのに

だがどんなに純粋に愛していても

僕らは同性愛で兄弟だ

世間から見たらなんとおぞましく

異様で病的で陰湿で

気違いじみて見えるだろう

父と母にも同じように世間の目が

注がれるだろう

僕らの今の平穏は瓦解する

愛と優しさで結ばれていた家族が

憎しみあい悲しみに満ちるかも

知れない

あの時手首を切った僕すらも

手離そうとした兄の気持ちの中には

僕の後ろに父と母を

見ていたからなのかも知れないと

今なら想像が出来る

今まで両親への罪悪感を

言葉に出さなかったのは

僕が理解しないと思ったからか

僕に両親を恨ませないためか

それは兄に聞かなくてはわからない






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