失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
兄の父親の呪いは兄を通して
僕に忍び込み
この世の当たり前の家族の幸せを
正確に破壊していくように見える
兄の父が恨み尽くした男女の愛
その愛を土台とした家族
それが支える社会
そしてその社会は再び
普通の男女の愛をサポートし続ける
この閉じた循環から
こぼれ落ちた兄の父
落ちたそこは
虚無
そしてその中で兄の父の一途な愛は
うたかたのように消えた
僕の母の存在によって…
このなんの手掛かりもない
空白の世界で
愛がなければ生きていけないのに
僕は昨日からの虚脱の中で
初めて涙ぐんだ
あまりにもこの数日間
泣き尽くしたから
もう涙は涸れてしまったと
思ったのに…
そう愛のために此処に来た
愛がなければ此処にはいられない
居られないんだ
兄の父は死ぬ直前に兄の愛を
理解し受け取ることができた
それはきっと命と引き替えだった
それでも彼はあの死に際が一番幸せ
だったに違いない
初めて彼の空虚が満たされた
兄の愛
それは兄を産んだ母の愛でもあった
そしてあの人は亡くなり
呪いだけが残った…?
違う…
違う
これは呪いなんかじゃない
これは呪いなんかじゃ
ないんだ