失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
真夜中に目が覚めキッチンに降り
母の作ってくれた食卓の上の
おにぎりを二個食べた
冷蔵庫にあったオレンジジュースを
コップにあけて飲んだ
そしてそのまま誰もいない
暗い食卓の椅子にに座り
しばらくぼーっとしていた
ただ僕はひとつのことに思い至った
僕たち三人の幸せのためには
宇宙はこんな道を通れと言った
僕の今の心をただひとつ
慰めるものが在るならば
それは僕と兄のあの教会での祈り
それしかない
互いが互いを深く想い
幸せになれるようひたすらに祈った
そして彼にもまた
神が恩寵を下すようにと
二人の心を分けた
すべてその祈りの果てに
今の僕たちがある
僕の今の支えはただそれだけ
なのだ
僕は食卓にに突っ伏していた
身体を起こしているのが辛い
兄に逢いたい
でも崩壊した僕を
兄は受けとめてくれるだろうか?
いまの僕の状態を話したら
兄も壊れてしまうのだろうか?
この崩壊の発端が
あの人の僕への復讐で
あの人との出来事を話さなければ
僕の今を理解しては
もらえないとしたら
犯されて脅迫されたことも
彼と心を惹かれあって別れた
最後の日のことも
兄に言わなければならない
兄は話しを聞いて
どうなってしまうのだろう
僕が彼にされたことも
僕と彼が一瞬でも心を重ねたことも
兄には絶対に話したくないと
ずっと思っていた
だけどこんな状態では
僕はもうこのまま生活していく
気力すらない
縋りたい
兄に縋りつきたい
そしてすべて話してしまいたい
もう…独りで立てる気が
しな…い
だけどそれは
今の僕には出来ない