失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




朝ではない時間に起きた

起きてもなにも変わっていなかった

休日だし

親は家に居て

僕は生きていたくない

雨戸の隙間から眩しい五月の光が

僕の目を射る

光が辛い





話したことだけが救われ

秘密にしていることが僕を殺す

なのに言えないことだけが

次々と増えていく

告白して苦しむのと

秘密に苦しむのと

…どちらが辛いだろうか






トイレに階下に降りる

母がめざとく僕を見つけた

「気分どう?」

母は心配そうに聞いた

「治った…みたい」

「もう吐き気しない?」

「うん…大丈夫」

「熱とかないわよね」

母が僕の額に手を当てる

ビクッとした

「あ…手…冷たかった?」

「ううん」

優しくされるのが堪らなく辛い

「熱はないみたい…お腹すいた?」

すいていない

「なんか…食べる」

なにか食べたほうが気が紛れるかと

僕は憂鬱な気持ちで居間へ行った

父はいなかった

母が今日はレースの日だと

教えてくれた

父が家にいないことで

少しだけほっとした

もう午後一時を回っている

母は先に昼食を済ませていて

僕にトーストとカフェオレを出し

茹で卵とサラダを要るかと聞いた

僕は要らないと答えた

母は洗濯物を干しに二階へ上がり

僕は食卓に一人になった

大丈夫…これで食べられる

僕は冷蔵庫からイチゴジャムを出し

トーストに塗ったくって食べた

カフェオレを飲み干した後

皿やカップをシンクに置き

シャワーを浴びに浴室へ向かった

昨日風呂に入らなかったので

寝起きの自分が汗臭かった

初夏を思わせるような陽気

いつものゴールデンウイークだ







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