失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
裸になり浴室に立つ
タイルが素足にひんやりしている
乾いた浴室が次第に
飛沫と水滴で濡れていく
頭からシャワーをかぶっていると
兄が生還し初めて発作を起こした
冬の日のことを思い出した
あの時もこうやって頭からずっと
身動きも出来ないまま
シャワーに打たれていた
兄を思いながら…
あの頃さえ懐かしく感じる
まだあの頃は兄がそばにいた
そしてまだ
僕を抱いてくれた
だがもうそれを願うすべがない
こんなに誰かに縋りたいことは
今まで一度もなかったのに
その兄はいない
今までで一番兄と遠い時間と距離
理解してくれる人はきっと兄だけ
なのにその兄を一番傷つけるだろう
それがあの人との関わり
あなたに凌辱されても愛されても
苦しむのは変わらなかったね…
また悲しみに
刻まれる
水流が涙を巻き込み
地の底に吸い込まれていく
ぐったりしながらまた自分の部屋に
引きこもることにした