失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




本当に僕は片付けに呼ばれたんじゃ

ないだろうかと思ってしまうくらい

兄の部屋は散らかっていた

脱ぎ捨てられた服や紙屑

書類の山が崩れその下にはタオルや

コンビニのレジ袋…パンの空き袋

キッチンの回りにはペットボトルと

紙パックや缶が散乱して

スペースはパソコンの回りと

ベッドの上しかなかった





兄は憔悴し切っていた

細い身体がまた細くなっていて

すごく痛々しかった

ドアを開けたのも無言のままで

兄は僕の目を見なかった

来て…と言ったはずなのに

兄自身が途方に暮れているようで

僕も兄の沈黙に押されて

一言も言えないまま

ゴミだらけの部屋の中で

立ち尽くしていた





「…何があったの?」

沈黙に耐えきれず僕は兄に尋ねた

兄は下を向き目を閉じた

苦しそうな兄の横顔に

僕はたまらなくなり兄に問い掛けた

「何か…言ってよ…黙ってたら

わからないよ…どうしたの?…僕は

なんでも聞くから…言ってよ…」







それを聞いた兄は顔を両手で覆い

かすれた声を絞り出して言った

「なんで…なんで黙ってた?」

「な…なにを?」

その言葉に僕は凍りついた

「なんで…あの男と…あんな…」






な…ぜ

彼…ばらし…た?

「なに…あの…男って」

僕は必死に取り繕おうとした

だがそれは無駄な抵抗だった










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