失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
僕は
兄の腕の中にいた
最後に兄に抱かれて以来
もう幾月が過ぎただろうか
離れて久しかった兄の匂い
抱かれていることが
まるで夢みたいに思えた
なぜ…?
なぜ僕を責めないの?
なぜ絶望しないで
僕を抱きしめてくれるの?
兄の体温が伝わってくる
あまりに愛しくて身体が痺れてくる
なぜ僕を許すの
「こんなに…こんなに苦しんで…
俺のせいで…あんな惨い目にあって
独りで…耐え…て」
兄は僕を抱きしめたまま
頭を震える手でなでてくれた
「お前に…あの人…愛されたんだ」
兄はうっすら涙を浮かべていた
「…怒ら…ないの? 僕は兄貴…裏
切ったんだよ…?」
兄は僕を強く抱きしめた
「全部…親父と…俺のせいだ…お前
に…責任なんか…ない」
兄の涙が僕の頬に落ちた
「…こんな…惨いこと…話させて
辛かったろうに…俺を許して…」
その後は兄は嗚咽で
言葉にならなかった