失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「…わかった…? もう…兄貴の
せいじゃ…ない」
視界がブレてる
焦点を合わせる気力もなく
僕は壁にもたれたまま
虚空を眺めていた
「僕が…もし…兄貴の言う通り…
ノーマルだったら…彼の…あんな…
受け入れられるはず…ない」
そう…その上
愛するなんて
「親父と母さんに…もう…どうして
いいか…わかんない…それが一番
苦しい…昨日…苦しくて…吐いた…
吐いて…親父が背中をさすってくれ
て…母さんが心配してくれて…なの
に僕は…僕は…辛くて…二人と
もう一緒に…食卓を囲めない…普通
の結婚をして…親父と母さんを安心
させること…できない…」
僕はこの二日の間の無限ループを
うわごとのように虚空に話し続けた
「…この半年…僕は…気が狂わない
ことが不思議なくらい…泣き続けて
心も身体も…ボロボロになって…
でも…倒れても…なんとか自分で立
てたんだ…でも…今回は…もうダメ
なんだ…もう…立て…ない」
気が狂いそうな空虚が襲ってきた
壊れる
も…う…壊れてもいい
「うあああぁぁっ!」
僕は両手で頭を抱えた
「…さ…支えて…お願いだから…
僕を…支えてっ…!」
その時兄が僕を抱え上げた
僕は兄の首にしがみついた
兄は僕を抱えたまま
ベッドに運んでいった
僕の耳元で兄が小さな声で
でも有無を言わせぬ強さで
僕に囁いた
「いまから…抱くよ…いいね…」
僕は目を閉じてうなずいた
「今度は俺が…支える」
兄と僕はベッドに倒れこんだ
「もう俺は…神から許されなくても
構わない…お前が独りで歩けるまで
俺はお前を…支える」