失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
カチャリと金属のぶつかる音が
部屋に響いた
兄の手にはあの時ベッドから
吊るされていた手錠が握られていた
兄は頭上のベッドの柵に
手錠を通した
兄が僕の手首を片方づつ
手錠で繋いでいく
僕の両腕は頭の上で繋がれ
僕の身体は無防備に開かれた
「んはあああぁっ…」
懐かしい冷たい手錠の感触に
僕は身体をくねらせて震えて悶えた
手首の異常な感覚がこの感触の中で
快感へとすぐさま変わっていく
手錠の鎖が金属の柵に当たり
カチャカチャと音を立てて鳴る
それが殊更に僕の耳を鋭く犯す
「あっ…あっ…だめ…だめ」
僕の性感はもうギリギリまで
追い詰められていた
「これで…良いのか?」
兄が耳元で問い掛ける
「いやあああっ!」
唐突に突き上げる淫らな衝撃が
囁かれた耳から過半身に走った
「だめぇぇっ!…出る…出るっ!」
僕はそう叫びながら兄の身体の下で
全身を引き吊らせて
絶頂のしぶきを飛び散らせた
「見…た…でしょ…?」
気が遠くなるような
沈んでいく感覚が全身を包んだ
「僕の…身体…」
兄は無言だった
「…変わっちゃったん…だ…ヒドい
でしょ…?」
嫌わ…れた…か…な
でも…まだ始まった…ばかりだ
「…ああ…また…来る…また…」
やっぱり…終わらないよ
「兄貴…僕を…嫌いに…なる…?」
僕は焦点の定まらない目で
朦朧と宙を見ていた
僕の首筋にポタリと水滴が落ちた
「好きだよ…お前が…大好きだ」
それは兄の涙だった