失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
父と母はその日親戚の法事で
泊まりがけで出かけていた
僕と兄が二人きりになるのは
もう何年ぶりのことだろうか
晩飯のあと僕はいつものように
やりたくもない宿題をたらたらやり
兄が帰る前に寝てしまおうと
風呂に入りベッドに入った
しばらくして部屋の戸が開く音で
目が覚めた
いつの間にか寝ていたようだった
兄が僕を起こさないように
静かに入って来るのがわかった
僕はなぜか体をベッドから起こした
なにかしようなんて思わないのに…
そのとき僕の頭の中は空っぽだった
ただ意図しないまま
身体だけが勝手に動いていった
僕は二段ベッドから降りていった
兄はすでに布団に潜っていた
僕はなんの躊躇もなく
兄の掛け布団を剥がした
兄ははっとして身体を起こし
僕を見上げた
「どうしたんだ」
兄はそう言って僕の顔を見上げた
僕はなんの返事もせず
兄のベッドに入っていった
兄は僕が近づくのを見ると
恐怖に満ちた目であとずさった
「…来るな…だめだよ」
兄はあの時と同じように僕に言った
けれど僕は兄の言葉の意味すら
その時理解できなかった