失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「この傷…裂けて…傷痕がツレて

グチャグチャになってるでしょ?」

「なんでこんな…あっ…」

その時兄は

何かに気づいたみたいだった

「あの人に最初の日に…兄貴の部屋

で引き裂かれた…指でこじ開けられ

て…塞がりかけてたのに」

僕は止まらなくなっていた

「僕…聞きたいことがある…?」

「な…に?」

「あの人…兄貴の手のひらの傷にも

指を入れたの?」

「…」

僕は兄の右手を掴み

手のひらを押し拡げた

やはり兄の傷もカミソリで切った

とは到底思えないほど太く引きつれ

盛り上がっていた

「僕も…嫉妬した…二人が見つめ

あって…悲しみを分かち合って

同じように兄貴のオヤジさんを好き

で…僕だけ…外にいて」

僕の目から突然涙がこぼれてきた

「だからわかるよ…兄貴が辛いの

僕も…ずっと…辛かったから」

僕はボロボロ泣いていた

「兄貴が嫉妬できっと辛い思いする

って…だから僕は…あのこと絶対に

言いたくないって…思ってたんだ」

僕は今まで言えなかったことを

兄に言った

「でも僕は…彼の中に…いつも兄貴

を見てたよ…辛い時も…受け入れた

時も…優しい彼は…兄貴に似てて

すごく似ていて…僕は…切なくて」

僕はパーカーの袖で涙を拭いた

「もう離れないでよ…絶対」

「ああ…そうだ…な」

「僕たち離れると不幸になるんだ」

それは実感だった

兄がためらいがちに僕に訊いた

「俺には封印してる言葉があるんだ

だけど…今だけ…一度でいいから

お前に言いたい…一度だけ言わせて

くれ」

「言ってよ…」

僕は兄の手を握った

「お前は…俺の…ものだ」






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