失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
兄は目を閉じて僕の両手を包んだ
「これだけは…絶対言うまいって…
思ってたのに」
兄はスルッと手を離した
「…言っちまった」
兄は脱力したように
ベンチの背もたれに寄り掛かった
僕はその言葉に
震えた
僕が一番欲しかったもの
それがその言葉だった
「兄…貴」
僕は痺れるような切なさの中で
兄にそれを求めた
「もう…一度」
「もう一度…?」
「もう一度…言って」
「えっ…?」
「僕は…兄貴のものだから…もう…
ずっと前から…」
「だっ…て…」
「あげた…でしょ…僕を全部…
思い出して」
「…でも」
「兄貴も言った…お前に全部…やる
って…」
「そうだ…だけど…」
「だから…言って…もう一度言って
お前は俺のものだって…お前は…
俺だけのものだって」
「そうしたいよ…だけど…俺は…」
「帰ってきてくれたのに?…嫉妬で
そんなに苦しんでるのに?」
「ああ…!そうだよ…俺は…嫉妬に
耐えられなかったんだよ!…お前を
縛りたいんだ…本当は束縛して離し
たくないんだ…俺のものに…俺だけ
のものにしたいんだ!…最低だ」
兄はそう言って拳でベンチを叩いた
僕はもうじっと座っていられずに
兄の前に立ち上がっていた