失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「じゃあそうしてよ!…なんで言っ
てくれないの?僕はずっと待ってた
んだ!兄貴がそう言ってくれるの…
ずっと待ってたんだ!僕は縛られた
い…束縛して欲しい…離さないって
言って欲しいのに…なぜそう言って
くれないの?」
兄も立ち上がっていた
「そんなわがまま…許されるはず
ないだろう!」
わが…まま?
僕は兄の言葉に驚いた
「わがままって…そんな…だってこ
んな…一生懸命お願いしてるのに」
僕は兄がまだ僕の未来を奪う恐れに
おののいていることを知った
「僕をまだ小鳥だって思ってるの」
兄は思い詰めたように告げた
「今は…俺は…自分のすべてを賭け
てお前を守る…だけど…お前が自由
なのは…変わらないんだよ」
「兄貴は…僕の傷が治ったら…また
去ってしまおうとしていたの?
あの時みたいに…僕を自由にしよう
として…身を引くつもりなの?」
「俺はずっと側にいるさ…どのみち
俺はお前のためにしか生きていけな
い人間なんだ…それはこの半年で
叩きつけられたよ…俺はそれを一度
失わなければ分からない大バカ者だ
ったからな!」
兄は珍しく声を荒げていた
「俺は決めたんだ!あの日お前が
叫ぶのを聞いて!お前が生きていけ
ないくらい壊れて俺に支えろと叫ぶ
のを聞いて…俺はお前のために人生
を全部差し出すと決めたんだ!」
兄は急に片手で口を覆い
僕から目を背けた
「だけど…もしかして…お前はあの
人と愛し合うのがまだマシじゃない
かって…俺がお前支えるのは…完全
に…矛盾してるんだから…だって
そうだろ?俺が壊したものを俺が支
えてるなんて…こんな卑劣な人間が
お前の何を救うのか…夜中にお前を
抱きながら…身の毛がよだつんだ…
俺は何をしてるんだろうって」
兄は両手で顔を覆った
その長い指先が震えていた