失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
帰ってシャワーで汗を流した
兄の髪からシャンプーの香りがした
なぜか二人して無言で
一緒にベッドの中にいた
あんな変な口論をしたのに
なぜかたまらなく感じていて
僕が目で兄を誘うと
兄は静かにそれに応えた
兄の身体もいつもより熱を帯び
黙っていても僕を求めているのが
わかった
沈黙を破ったのは僕だった
「…抱いて欲しい…すごく」
すると兄はなぜか初めてのような
ぎこちなさで僕に口づけた
僕のものになった兄の
最初のキスだった
「あ…あ…僕のもの…だ」
僕は頭の芯の融けるようなキスに
のけぞりながら兄を抱きしめた
「僕のもの…離さない」
なんて…なんて甘い言葉…
僕のもの
「兄貴が言いたかったの…わかる」
兄は何も言わなかった
ただ僕の首筋から胸から肩から
隙間なくキスで埋め尽くしていった
その愛撫に愛しさが溢れる
好き…好きだよ…大好きだ
キスのひとつひとつが
告白に聞こえる
「甘い…枷だ」
兄が陶酔したような顔で囁く
僕は愛撫に震えて声も出ない
「どんな手錠より…縄より…」
兄が感じやすい耳元に唇を寄せる
「んっ…」
「こんな甘くて切ない束縛を…俺に
くれたのか…」
兄が僕の耳元で囁く
「兄…貴に…必要な…罰…なんだ」
その声に悶えながら
途切れ途切れに僕は答える
「ああ…必要だ…死ぬまでこの罰を
受けていいのか…」
「無期懲役…だよ」
「終身刑なのか…幸せだ」
僕はまた両手がたまらなく
わなないてくるのを感じた
あの日から少し治まっていたのに…
僕は喘ぎながら傷のある手首を
頭の上でもう一方の手でつかんだ
「また疼くのか…?」
僕はうなずいた