失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
縛られたいという欲求…
どうしてもこれだけは恥ずかしくて
兄の顔を見れなくなる
「身体くらい…縛って欲しい」
目を逸らしたまま兄に訴える
本当は兄にあの言葉を言われたい
言って欲しい
俺のものだ…って
兄はあの部屋から持ってきた手錠を
枕元の棚から取りだし
僕にはめてくれた
チキチキチキと手錠の噛む音が
頭の上で響く
手首にまた冷たく重い感触が加わる
一気に加速する愉悦が
まだ少しおぞましく思える
だから感じてしまうんだ
「僕から…取り除いて欲しいんだ」
「何を?」
「この調教された…ところ」
「苦しいのか…」
「…恥ずかしくて…心が折れる」
「俺も…同じだよ」
兄は微笑んだ
「されたくて…恥ずかしくて…気が
狂いそうになる…」
兄は優しく僕の手首を
手錠に沿って指でなぞった
「兄貴が『俺のもの』って言って
くれたら…治るかも」
兄は手を止めて僕の手首をつかんだ
「言えないよ…」
兄は悲しげに笑った
いつの間にか僕に
まるで戦場の君主みたいな
有無を言わせぬ強硬な気持ちが
芽生えていた
「兄貴…僕の言う通りにして」
僕は兄に自然に命令していた
「いい?兄貴は僕のものなんだよ?
わかってるの?」
兄はハッとして僕を見た
「僕の言うことを聞かないの?」
「お前…」
「僕は…こんな快楽要らないよ…
誰かも知らない男にまで狂わされて
復讐の玩具になって…」
望んではいなかった…決して
「僕は兄貴に縛られたい…身体じゃ
なくって心を…だから…言って!」
兄は少し黙った
そして大きく呼吸をした
「お前が…楽になるなら…」
すると兄の顔が一瞬嗜虐を帯びた
「お前は俺のものだ」
その一言が快感を一気に増幅させた
兄は僕の恍惚に満ちた表情を
じっと見つめていた
「ごめん…我慢出来なくなった」
以前少しだけかいま見た兄の嗜虐が
その時封印を解いた