失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
だがヤツは
教室にはいなかった
近くにいた同じクラスの男子に
ヤツの行方を聞いたが
誰も知らなかった
僕の憶測が正しければ
…正しければ
僕は教室を飛び出した
屋上に向かって
勢い良くドアを開けると
初夏の風が吹き込んできた
屋上のコンクリートの上で
僕は素早く辺りを見回した
ヤツの姿はそこにはなかった
僕は気が抜けたせいか
急に腰に力が入らなくなり
フェンスの下のコンクリの縁に
ストンと腰を下ろした
「なんでお前がいるの?」
それはヤツの声だった
声の方を向くと屋上のドアの前に
ヤツが僕を見て呆然と立っていた
「お前…先回りかよ…スゲェな」
ヤツは笑い出した
「なんでお前…あとから来るの?」
僕は逆に聞き返した
タイミングが逆じゃないか?
「便所行ってた…ウンコ漏らしそう
で」
ヤツは笑いながら説明した
「その隙に…お前がいるなんてな」
ヤツは笑い続けた
「死なせろよ」
ヤツは腹を抱えて笑っていた
「やっぱり…そうか」
僕はヤツの前に立った
「ダメだよ…そんなうまくいかない
って…」
ヤツはしゃがみこんで笑っていた
「そんなもんなのか…あっは…救わ
れねーな」
「…楽にはさせてくれないんだよ…
見るべきものを見終わるまではね
…絶望的だけど」
「くっそ…」
そう言ってヤツは泣き崩れた
始業のチャイムが鳴った
このままだと
マズいはずだ