失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
放課後
僕とヤツは部活をサボり
高校からほど近い駅のそばの
いつも人の少ない喫茶店に来ていた
来ていた…というより
無理矢理引っ張ってきた
本当はヤツを独りに
しておいてやりたかったが
このままだとまだ死にそうな気配が
ヤツから離れないので
仕方なくここに連れてきたのだった
仕切りの高い一番奥の席は
長居してもあまり目立たないし
喫茶店の人にも話を聞かれにくい
僕は虚脱しきったヤツを席に座らせ
向かいの椅子に腰を下ろした
「アイスコーヒー2つ」
ドリンクはすぐに運ばれてきた
僕らはほぼ隔離された
「死なせろよ」
「死ぬなよ」
僕らはほぼ同時に沈黙を破った
「悪いけど…生きててもらう」
「なんで…?」
ヤツは無表情のまま呟いた
なんで…って
「お前に聞きたいのは…こっちだ」
「…」
「…なんで…先生と…?」
僕は敢えて訊いてしまった
「…それがお前の秘密…だろ?」
ヤツは壁に寄りかかったまま
放心状態のままだった
涙が一筋頬を伝った
「話したくないなら…それでいいよ
でも…いつか…聞かせて欲しい」
僕は正直に言った
「お前のこと…僕は勝手に友達だと
思ってるから」
僕は恥ずかしいのを押しきって
ヤツに告げた
「まだ…お前にこの世から消えて
欲しくないし」
「…ああ」
しばらくの間があり
ヤツはそう唸るように答えた
「でもな…事故じゃ…ねぇよ」
ヤツはピクリとも動かず
そのままの形で呟いた
「あの鬼畜野郎に…殺されたんだ」
殺され…た…?
「どういう…こと?」
ヤツの涙がまた流れ落ちた
「旦那…だ」
「旦那って…先生の…?」
ヤツはかすれた声で繰り返した
「鬼畜だ…なんであんな男…と」
その声が含む異常な響きに
僕は寒気を覚えた
しかもその寒気は僕にとって
まったく知らないものでは無かった