失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
あの日二人で互いの幸せを神に祈り
あの人から愛され
愛し
そうして僕はこの世界には
受け入れられない愛を生きる事実を
つきつけられた
初めて兄と同じ場所に立った
そこにはあるはずの地面がなかった
立つことすら困難な
虚無と虚脱があった
その二重の世界を生きるために
兄は物理学という傘を得た
この世の雨と風をしのぐために…
それが僕にとっては音楽だった
だが確信のないまま
現実感の欠如したまま
それは過ぎ去ろうとしていた
だが気づけばあれ以来だ
僕の音楽が空想から現実へと
変容していったのは
ああ…これはきっと
兄が僕のために祈り授かった傘だ
これは兄の愛だ
あの破天荒な相棒も
一連のヤツの計画も
作曲という無謀な宿題も
みんな兄の祈りに宇宙が応えた結論
僕がこの世の冷たい雨で凍えずに
この世に存在していけるように
空虚と共に在れる
その激しい雨に耐えられる傘だ
それは誰にも敵わない
兄の僕への深い愛が
祈りを通して奇跡として顕れた証
証なんだと…
「愛され…てる…僕は」
僕は泣きそうになった
こんな風にわからされてく
「兄貴…ありがと…う」
兄は微かにくびを横に振った
僕はたまらずに兄に言った
「僕は…救われてる…音楽も…友達
も…兄貴がくれたんじゃないか」
胸が苦しい
いっぱいで…
「カミングアウト…してみる…」
僕は兄に告げた
「兄貴のことは言わない…でも大事
な人がいることは…話すよ」
兄は僕の顔を見ると
微笑んでうなづいた
ヤツにゲイだと告白したら…
きっと驚かない
僕にはなぜかそんな風に
その時感じた
そして僕はヤツにメールを
打ち始めた