失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「彼女…親友な…朝すぐ先生の携帯
に電話入れたら…先生の妹が出て…
亡くなったって聞かされて…メール
のこと妹さんに話したら驚いて
事情話して…すぐ病院行って医者に
昨日先生が旦那に殴られたこと話し
て…遺体から打撲の痕がたくさん
見つかって…医者が旦那のこと警察
に通報して…」
それからその事故は
《事件》になった
「彼女今まで言わないでって先生に
止められていたんだって…だけど
もう遅いけどあの男に自分のしてき
た事を分からせてやるって…」
ヤツの目がみるみる潤んでくるのが
わかった
「だか…ら…君は絶対に彼女との
関係を…言ったらダメだって…この
ことは旦那には全くバレてないから
知ってるのは…私と君だけだから…
って」
ヤツの目から涙があふれてきた
「彼女に不利な証言はダメだ…君に
も不利だ…あの男が言い逃れするの
に役に立つだけ…」
ヤツは喫茶店のおしぼりで涙を拭き
それを握りしめた
「悔しいけど…その通りだ…オレは
不利なファクターでしかない」
ヤツは泣きながら苦笑した
「それでオレ…気づいた…お前も
知ってるんだって」
ヤツはテーブルに置かれた
僕のグラスを見ていた
「オレは…その人にお前が知ってる
ことを言えなかった」
そう言うとヤツは僕に深々と
頭を下げてもう一度繰り返した
「お願いだから…黙っていてくれ」