失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「言わないよ…誰にも…約束する」
「借りを作っちまったな…お前に」
ヤツはなんともいえない顔で
テーブルを見詰めていた
それを見て僕は心を決めた
「…そうだよな…不公平だよな」
「え?」
ヤツはその言葉に
不意を突かれたように僕を見た
「うん…これは《等価交換》じゃ
ないよな」
思い出せ…あの時お前が言ったんだ
お前に何度も救われた
だから
僕はヤツの眼を見た
「まさかお前…オレを脅迫するつも
りかよ?」
「逆だ!バカ!」
僕は驚いてヤツを怒った
「お前な!…僕は」
「なんなんだよ!」
僕は目を閉じていた
「…お前の秘密と僕の秘密を…交換
する」
「……」
ヤツは絶句した
「お前に借りなんて…似合わない」
「お前…バカか」
「バカで悪かったな!」
わかってないのか?
僕がこの駄天使が大事だってこと
「悪いけど…僕はお前に貸しを作る
つもりないから…お前が言ったんだ
オレの秘密はお前の秘密と取引だ
って」
ヤツは“はぁ?”という顔で
僕を見ていた
「いい…お前が覚えてなくても」
「い…いいの…かよ」
ヤツは困ったような顔で僕に聞いた
「だから…お前が大事なんだ…弱味
は関係を変えるんだ…僕はその怖さ
には耐えられない」
ヤツは顔をしかめて低い声で
僕に尋ねた
「お前…弱味握られて脅されたこと
でもあるのか?」
そうだ
「あれは…地獄だ」
ヤツはまた言葉を失った
僕は構わず続けた
「だからこれは信頼の証だ…お前と
僕との」
僕はヤツの目を見た
ヤツは無言でゆっくりとうなずいた
「お前に嫌われるかもしれないな…
だけど最低の僕を知っていて欲しい
んだ…」
声が震えた
怖い
怖くて怖くて
心が折れそうだ
「僕を…嫌わないでくれたら…助か
るよ…でもダメなら…それでも構わ
ないから…」
背中に冷や汗が流れた
「僕は…」
同時にヤツも息を詰めているのが
わかった