失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「僕は…ゲイ…だ」
絞り出すように僕は告げた
ヤツの顔を見ることが出来ない
背中を冷や汗が流れた
パニックを起こしそうな苦しさ
ヤツの沈黙に耐えられずに
僕はため息をついた
「気持ち悪いよ…な」
身体から力が抜ける
「…言っちゃった」
僕はテーブルに両肘を突き
脱力したまま額を両手で支えていた
「…良かった」
「へ…?」
そのヤツの返答に
僕の喉から変な声が出た
「良かっ…た…?」
「あー緊張した…お前犯罪でも犯し
てんのかと思った」
ヤツの言葉に僕は腰が抜けていた
「ゲイなんて…今どき珍しくもない
…オレはお前がヤバい橋でも渡って
るのかと思ったぜ」
「いや…だって…お互い恋愛の秘密
だってことはなんとなく察してた
ような…」
「だからさ…ストーカーしてるとか
さ…好きすぎて手足切って箱に入れ
てるとかさ」
「猟奇…過ぎる…」
「アーティストには…多すぎるから
な…ゲイは」
「隣にいても…かよ?」
「だって…多いからいるんだろ?」
一気に緊張の糸が切れた
僕はしばらくテーブルに頭を乗せ
さっきとは違う脱力を味わっていた
「…まあな…確かに普通のクラスの
連中には言えないかもな」
ヤツも何か張りつめていたものが
解けたような声を出していた
「取引…成立…した?」
僕はそのままの姿勢で訊いた
「ああ…成立ってことにしよう」
ヤツが呆けたように呟いた