失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「オレさ…なんか…わけわかんねぇ

たぶんお前のせいだ」

「ああ…そうだな」

「納得すんなよ」

「だって…事実そうだし」

そしてヤツは少し黙った

多少の沈黙のあと

ヤツは僕に問いかけた

「ひとつだけ…訊いていいか?」

「何を?」

ヤツが一瞬ためらったのを見て

僕はヤツが何を聞きたいのか

すぐにわかった

「ああ…大丈夫…お前には恋愛感情

全くないから…好きな人いるし」

ヤツは目を見開きびっくりしたよう

に言った

「なんでわかった?!」

「想定内」

「あ…そう」

「選ぶよ…普通はさ」

「それどういう意味だ…ってオレ

なにか期待してたのかっ?」

ヤツはこの非常時にも関わらず

かなりナチュラルなボケ突っ込みを

華麗にかましてくれた

ヤツの気遣い…なんだろうな

「助かるよ…お前の方が大変なのに

な…ごめん」

「いや…オレもわからねー…なにが

助かるんだ?」

ヤツは同じことを再び口にした

「いろんなことありすぎて…収拾が

つかねーよ」

「悪いな」

「…いや…発端はこっちの頼み事だ

からな…オレはほっとしたし…どう

しようかと思ってた…でもなんか

よくわかんなくなった…大丈夫か…

オレは」

あ…こんな時に

僕はもうひとつの大事なことを

確認しなくてはならなくなった

「…こんな混乱中に申し訳ないんだ

けど…」

「なに?」

ヤツが不意をつかれたような

地声を出した

「デモの締切…今週中」

ヤツは再び愕然とした顔になった

「…マジか」

「お前…復帰出来るのか?」

歌える気持ちに

ヤツはなってるんだろうか?







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