失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
デモはギリギリで間に合った
消印は1日前
マニア顧問が1日で仕上げて
明くる日は朝練と称して始業前収集
仕上がりを皆で聴いた
「荒削りだけどなんとかまとまった
感じするよ」
顧問がわりと前向きな感想をくれた
自分の演奏を聴いても
あまり客観的にはなれないが
ヤツのボーカルが一皮むけたのは
良く分かる
ナヲさんとのユニゾンを
サビに入れたことで曲にメリハリが
生まれた
「だけど…こんなスリルは二度と
味わいたくないですし!」
先輩はヤツの方をチラッと見ながら
キツい一言を放った
「悪かったっすよ」
ヤツは素直に謝った
「…下痢が脳に入ったのか」
先輩はまたもや肩透かしをくらい
遠い目をしながらつぶやいた
「じゃ…これを郵送します」
メンバーの承認を得て
先輩が発送をしてくれた
ピンチが終息し
僕らは山場を越えた
放課後僕とヤツは校門まで
いつものように一緒に歩いていた
ヤツはポケットをゴソゴソしながら
ふと僕を引き留めた
ポケットからイヤホンを
取り出し
僕に渡して言った
「これ…聴いてよ」
「ああ…うん」
イヤホンを耳に押し込むと
ヤツがプレーヤーの再生を押した