失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




気が狂いかけたような行為の中で

次第に時間の感覚が曖昧になる

ともすると場所の感覚すら

現実か夢かとか

自分か兄かとか

何か感覚まで崩壊していくみたいに

ただ一瞬一瞬の

閃光のような兄との融合感が

そこにあるだけ

心? 

身体? 

違う…なんだろう…?

ここにある…何か

それをなんと呼ぶのだろう?




ふたりしていつの間にか

意識がなくなっていた

目覚めなければ気づかない

いつものエンディング

不意に僕だけ目が覚めた

夜明け前のまだ暗い部屋

隣に兄の裸の身体

抱き合ったまま眠ったみたいだ

その身体が隣にあると思うだけで

胸が震える

他に欲しいものなんてない

心の底からそう言える





そうか…

すべてだからか

空っぽじゃなければ

入らないんだ

だから兄にしか埋められないんだ

そう…兄が居なければ

生きてる意味がない

そうやってこの部屋で

僕は手首を切ったのに



思い出して僕は可笑しくなった

当たり前だ

何かで埋まるはずがない

他の何かで

僕は暗がりで左手の手首の傷を

じっと見つめた

そうなんだ

きっとこれ

忘れないように刻んだんだ

そのことを

ここに…こうやって

これから先昨日みたいに

心が空っぽで狂いそうになっても

この傷を見るだけで僕は

答えを思い出すんだ




傷に血がにじむほど爪を立てる

痛みと共に

そのことをインプットした








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