失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




いつもと音の違う目覚ましが鳴った

一瞬ここがどこだかわからない

隣で寝ている兄が目覚ましに

手を伸ばして止めている

あ…そっか

兄貴の部屋だった…

まだ半分寝ている兄が

僕の身体をギュッと抱き締めてくる

「ねむ…い」

兄が寝言みたいに呟く

「兄貴…おはよ」

「おやすみ」

多分徹夜続きで眠いんだろうな

僕の相手もしなきゃならないし

だがしかし

「兄貴…朝だ!」

「知ってる」

「僕…早めに出なきゃ」

「そうだな」

兄はまだ起きる気はないみたいだ

いつもと逆の朝

僕の方が早くベッドを抜け出して

シャワーを浴びてる

身体のあちこちにできた傷や噛み跡

アザも

それらが点々と残っているのが

嬉しい

ダメだ…思い出して欲情する

部屋に脱ぎ散らかした服を拾い集め

着替え完了

兄のまだ寝ているベッドに腰掛ける

「お兄さま…朝ですよ」

「おお…弟よ…朝など来なければ

良いものを…」

そう言うといきなり僕を

布団の中に引きずり込んだ

「あっ…」

「服を着ている…!俺は裸なのに」

僕は寝ぼけた兄が可愛くて

思わずキスした

「そんなことしたら…襲うよ」

「兄貴…今日はいつも通り帰ってく

るの?」

「うん…バイトあるから少し遅くな

るけど」

「うちで待ってるよ…じゃあ行くか

らね…続きはあっちで…」

「なんか…見送るの寂しいなあ」

兄は布団をかぶった

「見ない…」

それで布団から右手だけ出した

「行ってらっしゃい」

兄の振る右手をパシッと叩き

僕は部屋を後にした




結局部屋の片付けはする間がなく

また週末片付けに来ることになった

この前とは言わないまでも

かなり散らかしたよね

(片付ける気力がない…)

兄貴はそう言って笑ってた

前はそんなだったっけ

兄が一人で過ごす時の様子って

どうなんだろう?

なんか…

考え過ぎか…

僕は駅に向かって歩いていた








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