失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




今の僕には空虚感がない

確認するように手首を握りしめる

あの夜気づいたことは僕を変えた

あの空虚は僕が望んだものの代償

僕が

心の底から望んだこと

だから嘆くことは

一切ないのだ

一切



今日の兄が何かを隠していた

としても

なぜか僕にはそれを

問い詰める気持ちがない

確かに何かあるのはわかる

それについて僕が役に立つことは

ない

兄を信じるしかない

ただ

今は聞かない方がよい

わかるのはそれだけ






散乱した兄の服とシーツやら

バスタオルやらを集めて

二人でコインランドリーに向かった

洗濯機に洗剤を放り込み

コインを兄に入れてもらう

水の入り始めた洗濯機の中を

じっと見ているうちに

少し切なくなった



「兄貴の嫁に…なりたい」

兄が微笑んだ

僕は少し心が楽になった

「俺の嫁は大変だぞ」

「うん…多分僕しか務まらない」

僕は水の中で回る洗濯物を

じっと見詰めていた

「兄貴を独りにしたくないんだ」

「ありがと…な」

そう言って兄が僕の肩に手を置いた

「幸せだよ…」

「ホントに?」

「ああ…こんなこと一緒に出来るの

が…最高に幸せだ」



ほんとだね

僕もそう思う










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