失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
ヤツの声が空洞に響く
本当に教会で歌っているような
ものすごい反響音
残響が洞窟の中を漂っている
サビに差し掛かる
僕らも歌い出す
すると頭が痺れるくらいの反響音が
洞窟いっぱいになった
一瞬頭がクラッとする
残響が長すぎて誰の声か分からなく
なってくるみたいだ
その時僕の耳に
高い女の人の声が聴こえてきた
えっ…
ユニゾンだろ?
なんでオクターブ高いの?
ナヲさん?
いや隣からいつもの声がする
先輩は声が低いし音域が狭いから
こんなファルセットは無理だ
一体…誰の声が…
一瞬ゾクッとした
だって
5人目が歌ってる
みんな聞こえてるのか?
この…天から降ってくるような
まるで天使か
女神の
歌い終わった僕たちは
しばし放心していた
しばらくしてヤツが口を開いた
「…聞こえたか…?」
「…ハイ…あれデスネ?」
「やっぱり」
みんなそれが聞こえていた
「5人目だ…」
そう言って僕は隣にいた後輩と
思わず目を見合わせた
「あれは《異界》の声だよ」
先輩の声が震えている
「ちょっと…出よう!」
と言う間もなく
先輩が脱兎のごとくに
階段を駆け下りていった
「待ってクダサーイ!」
なにか空恐ろしい気持ちになった
僕らは先輩の後を追って
全員が駆け出していた