失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
急流
思ったより舞台照明が熱い
暗くて見えない観客席が
僕の前に広がっている
司会の声が聞こえる
昨日のゲネプロと
段取りだけは同じだけど
あまりの緊張でギターを持つ手が
震える
先輩が長い髪の毛をかき揚げる
気合いを入れる時のクセ
ヤツはマイクスタンドを両手で
握りしめて祈るように立ってる
会場スタッフが立ち位置と
ジャックを確認している
先輩と僕が音を出してモニターから
音が出てるのを確かめる
後ろを振り向く
後輩がそれに気づき
スティックをクルッと回して
僕にガッツポーズを取った
緊張の中で思わずニヤッとした
…うん
がんばるよ
僕は親指を立てて後輩に返す
さぁーっと黒いTシャツのスタッフ
が両ソデに引いた
入れ替えが終わった
来た…!
ディレクターから合図が出る
男の司会が弾けたように叫ぶ
「準備オーケー!では次のバンドで
す!エントリーナンバー9番!」
切っ掛けにナヲさんが叫ぶ
「1、2、3、4!」