失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
無我夢中だった
僕も
みんなも
頭の中は真っ白
手が練習通りに動いてるのが
不思議なくらいだった
ただヤツの声は良く通っていた
後輩とのユニゾンがビームみたいに
会場の向こうまで響いた
ナヲさんものってる
サビが祈りに変わる
その時僕は聴いた
微かな倍音
居る
此処に
来てる
エンディングに向かって
僕たちは急激に音がまとまりだした
ヤツのボーカルの牽引力
そして
5人目の
「…それが僕のすべてなんだ」
最後の歌詞のリフレイン
引き潮のように
寄せて帰す波のように
それが僕のすべてなんだ
それが僕のすべてなんだ…
祈りの時が終わる
マイクスタンドを握りしめたまま
ヤツは頭を垂れ
まるで黙祷のように
ああ…
きっと先生に捧げたんだな
ヤツの深い思いの歌
きっと言葉にならない
気がつくと
割れるような拍手の中にいた
僕らは上手く歌ったのか?
ちゃんとやれたのか?
だが拍手の中にいる
今まで聞いたことのないような
拍手の中に