失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




決勝を前にして

僕たちの心は立ち止まっていた

あと3週間足らずで決勝が始まる

だがあの神の声を

科学が打ち滅ぼした瞬間

そんなに今まで信仰なんて関係ない

はずの僕たちの中の何かが

こと切れたのだった





ただ僕はなにかわからない予感が

新しく芽生えたのを

密かに感じていた

わけの分からない予感と焦躁の

混ざったような感じ





僕はなにかに気づいてしまう

きっといつか

いや…近いうちに?





だが今すぐそれを言葉にして

みんなに伝えられるわけもなく

みんなの落胆からの回復の遅さを

どうすることも思いつかなかった


「あああぁっ!!」

突然僕の思考を遮って

悲鳴のような叫びが聞こえた

「どうしたんデスカッ!?」

驚いた後輩が叫んだ男に問い正す

「これで良いってか!?」

「だからっ!何をよっ?」

先輩もヤツに驚きながら尋ねる

「チクショー!しまったー!」
 
ヤツは両手で頭を抱えまた叫んだ

「おい!大丈夫かっ」

顧問までヤツの前に回り込み

心配そうに顔を覗きこむ

ヤツは僕たちの顔を見回した

「全部…叶ってる」

「えっ?」

僕が聞き返すとヤツは僕に答えた

「全部祈ったことは…叶ってるんだ

決勝に出ることも…歌がお茶の間に

流れることも…」

「あっ…マジか」

僕は気がついた

優勝させてくれなんて言わなかった

あの日本殿の前でヤツが願ったのは

たった2つ

決勝に出ること

歌のメッセージをテレビを通じで

お茶の間に届けること…

「確かに決勝に…行けるし…しかも

全出場バンドのメッセージは…」

そうだ

決勝に出場する全バンドは

必ず30秒間の曲の紹介をクリップで

番組中に流すことになる

「俺らがここ切り取ってくれと指示

出来る…これでもうあの日の約束は

果たされてる…!」








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