失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「…いろいろあったけどさ」
卒業式の終わりに部活の先輩達と
部室でお別れする時間に
集まった僕たちバンドメンバーに
先輩は静かに感慨深く語った
「後悔はないね…ほんといろいろ
あったけどさ」
僕たちの贈った花束を抱えて
先輩は嬉しそうに笑った
「やり残し感無し!」
それからヤツに向かって
先輩はなぜか頭を下げた
「誘ってくれてありがとう」
「や…やめて下さいよ…明日地球が
滅亡するじゃないですか」
「その憎まれ口もあんまり聞けなく
なるのか…」
先輩はハンカチを出して目頭を
そっと押さえた
「えっ…マジですか…あの…」
「ぶわ~っはっはっは!」
突然先輩が笑い出し
顔を隠したハンカチがムチのように
勢い良くヤツの頭に命中した
「せいせいするわっ!」
「うっウソ泣きぃ~?」
「お前の顔見ながら泣けるか!」
「くそ~っ!」
「楽しかったよ…みんなありがと」
そして僕に言った
「あ…新曲作ったら教えてよね」
「え…あ…はい」
「作れよ」
半ば脅し?みたいな言い方
「なんかさ…ゴタゴタで音楽避けて
なかった?分かるけど…もったいな
いから…学校とか部活とか無視でも
いいじゃん」
ふぅ…と一息ついたみたいにして
先輩が僕の肩をパシッと叩いた
「言いたいことは言った!」
そうしてへこたれない僕らの先輩は
豪快に笑いながら
新たな世界に旅立って行った
春まだ寒い薄曇りの中
僕の高校3年が瞬く間に
始まろうとしていた
《前編》終わり