失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
経緯
警察がやつらに目をつけていたのか
誰かのタレコミがあったのかは
兄にはわからない
だが明らかにやつらの仲間は
すでに検挙され
残りのやつも追われていたのは
間違いないらしい
やつらはどうやら非合法の
売春グループの一角らしく
兄の他にも何人かは分からないが
どこかで同じように
客をとらされていたふうだった
その日兄を監視していたはずの
あの二人の片割れが兄と客の所に
いきなり飛び込んできた
ソイツは隠しカメラを戸棚から
慌てて取り外し客と兄にに言った
「ばらされたくなければ警察に知ら
ねぇって言うんだぞ!お前らだって
痛い腹探られたくねぇだろ?こんな
のがバレたらお前らも身の破滅だか
らな!」
いきなりの予想もつかない出来事に
客は唖然とした顔で立ち上がり
「な…なんだ?なんなんだよ」
を繰り返していた
兄はすぐに状況を把握した
「うるせぇ!と、とにかく黙っとけ
お前らのためだってわかるだろ?」
「どういうことだ!?」
客が叫ぶ
ヤツは声を落として客に凄んだ
「うるせえよ…もう終わりだよ…早
く帰れ…ここにもサツが来るぞ」
客は慌てて服を着ながら怒鳴った
「お前!その証拠隠滅しなかったら
本気で訴えるぞ!この野郎!」
「もう遅いかもな!ツレはもうパク
られたからな…あいつがあんたのこ
と言うかもな!」
客はやつにとびかかり
持っていたカメラを奪って
トイレに駆け込んだ
便器にカメラが落ちる音と
水を流す音が聞こえた
その間にヤツは玄関から逃げ出して
どこかに消えて行った
トイレからビショビショのカメラを
持って客は走って出てきた
「お前もしゃべるなよ俺のこと!」
客は兄に怒鳴った
兄は冷静に
「言わないから早く逃げたら?」
と客に言った
「とにかく誰にも言うな!」
と繰り返しながらカバンを掴み
水没して壊れたカメラを突っ込み
飛び出すように逃げて行った