失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「…話して…お前…見たんだろ?」
「…見…た」
「何をした?…俺なにした?!」
僕は枕に顔を埋めシーツをつかんで
泣きそうになるのを耐えて言った
「PTSDだよ…多分…痙攣してたし
…酷いパニック発作だったし…僕が
止めても止まらないんだ…普通じゃ
ない声で喘いで…のたうち回って…
髪を自分で掴んで頭をベッドに打ち
つけて…」
「おれ…が?」
「震えが止まらないから僕兄貴抱き
締めてた…でも…胸を掻きむしって
手を押さえたら…自分の腕を何度も
…何度も噛んで…」
「ずっとか…夜中じゅうずっと」
僕は無言でうなずいた
兄は膝を抱えて布団の中に座り
膝に自分の顔を埋めた
「…だめだ…思い出せない…!」
典型的な
フラッシュバックの逃避
「おれ…壊れてるのか」
兄はうなだれたまま
顔を上げる気力もなく
布団の中で呆然と膝を抱えたまま
動かなくなった
僕はのろのろと起き上がり
兄に「下にいるよ」と告げて
兄をそっと一人にするために
一階に降りていった