失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「死ななきゃならない」
兄は父にそう言われたのだという
「実際…小さかった俺が母に話しそ
うになった時」
兄は淡々と語った
「父は俺を海に連れて行ったんだ…
彼は暗い海辺で俺を抱きあげ埠頭に
俺を座らせた…父は言った…ダメだ
よ…一緒にここから落ちて死にたい
か?って…俺はまだその風景が目に
焼き付いて離れないんだ」
兄は死んだような目をして
囁くように話した
その時僕はまだ11歳で
高校生になり少しだけ
僕には話してくれる兄の
耳を塞ぎたくなる陰惨な体験から
兄を助けたいと思った
どうしていいかわからなかったけど
僕は彼を救いたいと思った
僕は兄を愛していた
愛する人の惨劇はいつも
僕のパニックの発作となって
優しい家族を悩ませた
僕は兄の父を恨んだ
ゲイなのにも関わらず
普通の女性と結婚した奴を憎んだ
優しい母と兄を壊して逃げた彼を
だが兄はまだ彼を愛していた
兄は僕には言わないけれど