失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「あの…ひとつ訊いていいですか」
彼はすぐに僕を見て言った
「なに?いいよ」
「あの…借金で…困ってるって…
あの…あなたが借りた金を
兄が…返してた」
その時の彼の顔を
僕は忘れることが出来ない
「は?…な…なんだって?」
驚いたことに彼はその話を
全く唐突に初めて聞いた
というように聞き返した
「借金って…どっからそんな話…」
この人は嘘つきなんだろうか?
「借金ですよ…兄が言ってた…薬代
もないって…あなたの代わりにやつ
らに返すしかないってあなたの代わ
りに…わかってんでしょ?…兄貴…
何されたか…わかって…」
「どういうことだ?それ…」
彼は僕の顔を見ながら
そう言って絶句した
「…どういうこと?」
僕は言いながら背筋が冷たくなった
「どういうこと…?」
僕はバカみたいに二回繰り返した
「借金…って…誰があいつにそんな
でたらめを…」
「…でたらめ?」
「誰から聞いた?誰が何を言った」
恐怖に満ちた顔で
彼は僕に問いただした
その顔はまるで幽霊を見たような
戦慄に満ちていた