失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】

悪意の影




僕は言葉を失っていた

ただ彼と同じ恐怖と

僕だけにしかわからない怒りが

胸に渦巻いて増大していった

知らない

知らないんだ

なぜかわからないけど

彼はなにが起きていたのか

知らない

兄は彼が全てを起こしたと

誰かに聞かされ信じた

僕もそれを当たり前に受け取った

だけど…だけど

この人は

知らない…!



わからない

なにがおきてるのか

なにが

なぜ話が違う

なぜ二人の話が食い違う?

誰かが

嘘をついてる

じゃなきゃ

こんなわけのわからないすれ違い

起こらない

ただの勘違いや

誤解のレベルじゃない…これは



そう…悪意がある



まるで

罠のような



誰が一体そんなことを?

なんのために

なんの理由で

なぜ兄が

なぜ

なぜ?



彼は僕をじっと見詰めていた

僕は彼の目を見ながら

僕にやらなければならないことを

今すぐしなければならない

と思った



「今から兄貴…迎えにいきます」



僕は彼にそう告げた

嫉妬を凌駕するほど

事実は切迫していた








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