失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
それは僕が初めて見る光景だった
それはただ普通なら
父とその息子が再会した
それだけのシーン
でもこの苦しみの年月を
長い時間重ねてきた僕にとっては
とても現実とは思えない
まるで白日夢のような光景だった
兄が父親を眺めている
彼も兄を見つめている
二人は黙ったまま
まるで時間すら止まったかのような
幻のような時間が流れて
僕はどちらにということなく
口を開いた
「早く話して…二人とも…もう楽に
なってよ…」
僕は二人にそう言い渡し
喫茶コーナーにいるから…と告げ
少しふらつきながら病室を出た
見つめ合う兄と彼の姿を見て
僕は自分から二人を遠ざけた
兄の静かで圧倒的な想いが
僕にはわかってしまっていたから
そして彼の想いも
兄とその父親の時間
もう僅かしか残されてはいないはず
部屋を出る
僕にはそれが正解だとわかった
そしてそこにいたたまれない自分も
本当はあの二人と一緒に
ねじれた事実をもう一度
ほどき直すのを見たかったけど
それは叶わない
兄と彼の間にながれている…それ
それは僕らと同じ
ただの家族の絆だけではない
息が苦しくなるほどの
抗うことの出来ない熱
ひとつの
秘められた
エロス
僕の中にもあるその熱が
悲しかった