失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



片手でタオルの口輪を外して

まだ荒い息をついて横たわる兄の

背中をさすった

「あの時もこんな風にされたの?」

僕は兄につぶやいた

「あの時も…この前も…いつも…

いつも…同じだよ…お前以外は」

「これも発作みたいだ」

僕は思ったことを口にした

「これが治まっていたのはお前の

おかげだから」

兄は少し正気に戻った声になった

「お前は汚されない…だからいつも

俺は驚く…薄汚れた俺まできれいに

なったみたいに見える…でも

お前から離れて客を取らされて…

やっぱり自分が汚れてることに

気づく」

兄は自棄な声を出した

「身体は変わらない…だんだん

開いてしまうのがわかるんだ…

刻みこまれた刺青みたいに…いや

罪人に当てられる焼き印みたいに」

兄の声が淡々と響く

「この前も最初は死にたいぐらい

苦しかった

…なのに絶望のピークから脱け殻

みたいになった」

兄の父が言ってたのを思い出した

《魂の抜けたボロ人形》と

「俺のせいでお前が壊れかけてると

わかった時俺はお前に取り返しの

つかないことをしたと震えた

自分自身の存在に戦慄を覚えた

お前にあんな…あんな辛い思い

させるくらいなら…いっそ俺は

死んだほうがまし…って」

それは僕が暴発した時のことだと

すぐにわかった

兄は自分が犯されていることより

僕が壊れたのを自分のせいだと

責めさいなんでいたんだ

「俺はお前のまえから消えたかった

あの部屋は…此処を出て借りたあの

部屋は…俺の墓場だった」




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