失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
兄はそれを
すべて黙って出て行った
僕こそ許して欲しいと
懇願したかったのに
「違う…僕のせいだ…あんな
ぼろぼろの兄貴を…あんなひどい
ことして…僕こそ兄貴に取り返しの
つかない罪を犯したんだ」
「違うんだ!…俺さえいなければ
お前に俺がすがりつかなければ
普通の人生を普通に送れたはず
なんだ…俺がお前の人生を奪った…
それこそ…取り返しがつかない…
俺はずっと…ずっとそれを…」
「…違う」
「違わない…俺は許されない…
それが俺の絶望そのものだった」
「俺はお前の人生から消えてしまい
たかった…するとお前のいない俺は
脱け殻同然となった…生きていく
理由がなくなったみたいに…」
兄はしばらく黙っていた
少しの沈黙のあと
兄は暗い声で再び話し始めた
「その日からだ…俺の身体の中の
狂気が再び俺を犯し始めたのは」