失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
軽い掛け布団はばさっと床に落ちた
表れたシーツの上には
黒い血の痕が点々と染み着き
違う体液で滲んだ茶色のシミが
いくつも広がっていた
枕にも血の痕がなすりつけられて
彗星のように尾を引いていた
恐る恐る枕を上げると
血のついたカミソリと金属の口輪が
枕の下から現れた
僕は思わず息を飲んで枕を落とし
よろけてベッドに手をついた
シーツの血痕が手の先に
広がっていた
ふと血痕をよく見ると
シミのいくつかに穴が開いていた
僕は変だなと思い
そのシミをじっと見た
だがそれは血痕ではなかった
僕は戦慄のあまり
思わず兄の方を振り向いた
その穴は焼け焦げて開いていた
兄は窓際から振り返り
僕をじっと見ていた
兄は静かに近づいてきた
僕はすがるような目で
兄を見あげていた
兄は静かに言った
「見…る?」
兄の手が服に掛かり
彼は上着を脱いでいった
最後のTシャツをめくりあげた時
僕が今まで見たことのない
凄惨な光景が目の前に現れた
服で見えない場所…胴の至るところ
カミソリの切り痕と火傷の痕が
赤黒い絵のように皮膚を覆っていた