失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】






でも

と僕はその時なぜか

思い巡らせていた


なぜ

彼は空っぽだったの?


なぜ

母さんと結婚したの?


なぜ

死の間際まで気がつかなかったの?

兄を愛してたことを…



なぜ

なぜあの人は

こんな人生を選んだの?




すべてのはじまりのなぞをのこして

彼は旅立って行った




兄がこちらを振り向かずに言った

「ひとりに…させて欲しい…今夜だ

け…」



今夜だけ



僕は返事の替わりに兄の手を握り

ひとり病室を後にした

降るような星の下を

バス停に向かって歩いた

処置をし忘れた手首の傷が

切なく疼いた











< 98 / 360 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop