失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
彼の死は兄からの電話で
翌日母の知るところとなった
彼には姉が一人いて
彼の遺書を預かっていた
彼の死の際には病院から
その人に連絡が行くように
手配されていた
葬式もせず彼の姉と彼の息子の
二人きりで密葬してくれと
僕はその日
いつもより静かな母の側で
一日彼女を見守るように過ごした
どんな思いが母を駆け巡っていたか
僕にははっきりとはわからなかった
だが母の複雑な悲しみが
沈黙の中から伝わってくるような
そんな気がした
兄は二日間葬儀で帰らなかった
家はその間いつもよりしんとして
まるで喪に服しているような
そんな時間を僕たちは過ごしていた