◆ 空は飛べない
「ここに立ったら、羽が生えたらいいのにって思ってしまう。そしたら飛べるのになあって」
あの日と同じように
彼はベランダの柵に手をかけて、
空を仰ぎ見て言った。
「僕、思うんだよね。ここから飛び降りたら、途中でこうさぁ…バサッて羽が生えて、落ちないんじゃないかって」
彼は冷めているくせに、
そうとは思えないような
変なことを考える。
全く変だ、と思う。
羽なんか生えないし
落ちないわけがない。
「そうだよ、落ちちゃうんだ。死んじゃうんだよ。……ねえ、そんなことは僕、分かってるんだよ、雛子さん」
分かってるから、落ちもしないし死にもしない。
……雛子さん。
I am yours,amn't I?
And you are mine,aren't you?
(僕はあなたのものでしょ?そしてあなたも僕のもの、違う?)
彼は私の耳元で
こともなげにそう囁いた。
私は降参だった。
どうしてこの子はこんなにも
共有出来ないはずの心を
見透かしてくるのだろう?
私は本当は終わらせる気なんてなかった。
放される気も、更には放す気だってなかった。
全く矛盾している。
けれども全ては。
「…That' right.」
悔しいくらいに当たってる。