ハネノネ
部屋の扉の奥から声が聞こえた。
きっとこの男を呼び戻しに来たのだろう。
男は声に気付き、扉に向かい「もう戻るよ」と一声掛けたあと、わたしの方に再び向き直った。
「ごめんね、もう帰らなくてはいけない。子供達が故郷で待ってる。」
男はわたしの頭に手を置いた。
「じゃあね。“ハネノネ”の、ナキ。」
わたしの名を呼び、ゆっくりと頭から手を離す。
背を向けて、扉の方に歩き出した。
「あなたは、誰なの?」
男は一度だけ、こちらを振り向いた。
そのときの男の目は、この部屋に訪れたほんの数分前と色が異なっていた。
わたしの毒に、侵されたのだ。
男の唇が動いている。
男の声は、バタン、と扉の閉まる音にかき消されたが、聞き取ることはできた。
“故郷で彼を待っている子供達”とやらは、もうまもなく彼が死ぬとわかれば、どう思うのだろう。
「ハネノネ…」
口に出してみた。
自分の名になると思うと、なんだかこそばゆかった。