透明な翼
わたしは幾斗君が止めるのを聞かずにあの店に入った。

そしてあんな騒ぎを起こした。

こんな自分勝手なわたしを幾斗君は呆れもせず、見放さずにいてくれた。

なんていい人なんだとつくづく感心する。

だからこそこれ以上迷惑はかけられない。

幾斗君のお荷物になりたくないの。

「フライパンはそこの下。 包丁はこっちにあるから」

幾斗君は説明しながら、てきぱきと手際よく準備してくれている。

わたしは必死にその説明を聞いて頭に叩き込んだ。

明日からは全部一人でやんなきゃいけないんだから。

「……翠?」

「え、あっ……ごめんなさい!」

いけない、ついボーっとしちゃってた!

「はぁ~……」

幾斗君が大きな溜め息を吐いた。

愛想尽かされた? やっぱり出て行けって言われるの?

わたしはぎゅっと身を硬くして身構えた。

「そんなに無理しなくていいから」

「え?」

無理? 何が?

「お前のことだから、迷惑かけられないとかくだらないこと考えてんじゃねーの?」

「く、くだらなくないもん!」

「やっぱり考えてたんだ」

「それは……」

当たり前じゃない。

こんなに迷惑かけて、これ以上は……って思うのが普通でしょ?

わたしはいつ追い出されてもおかしくない立場。

だからそうならないように必死なの。

ここはわたしの居場所じゃないんだから……。

「バッカじゃねーの?」

そんな言葉とは裏腹に、声はとても穏やかだった。

戸惑うわたしの頭上に温かい何かが降りてきた。

幾斗君の手――…

「俺は別に迷惑だとか思ってないんだけど?」

「そんなはずない!」
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