暖簾 のれん
玄関にはカギがかかっていた。夫は会社に行ったのかガレージの中にも車はなかった。

何だかホッとした。

夫が帰ってくる夕方までには時間がある。私は軽い安定剤を飲んで寝ることにした。

居間に入ると銀色の縁の写真立てに2人の結婚式の写真が入っている。

(これって一体何だったのだろう?)

純白のウエディングドレスを着て幸せそうに夫に寄り添う自分。
家の中の何もかもが恨めしい。

一緒に選んだ家具、一緒に集めたアシッド・ジャズのCD、新婚旅行で買ってきた壁にかかった絵、ペアーグラス、次の結婚記念日に開けようと買った年代物のワイン。

今ではすべてバカバカしい。
甘い可愛いキャンディーのような生活が一気に塩漬けになった気分だ。


世界で一番愛する人の事を世界で一番近くに居ながら何も分かっていなかったバカ者なのだ、私は。

一体いつ、どこでこの結婚生活は狂ったのだろう?

一瞬『偽装結婚』という言葉が頭に浮かんだ。
私は何だか悔しくなってきた。
純粋に恋して彼を手に入れて、一生傍にいると誓った私を踏みにじってくれたのだ。

私のつま先に涙が落ちた。

あの事件から一度も涙を流していなかったが、こうなると壊れた蛇口のように止まらなくなっていた。

大声で嗚咽したい気分だった。
私は泣きながらベッドルームへ駆け込んだ。

布団もまくらも、蝶がサナギから抜け出た後のようにぐちゃぐちゃになったままだ。

横に並ぶ私の枕だけが私を待っていたかのようにキチンと並んでいる。
私は枕を顔に押し当てて声をあげて泣いた。

どれくらい経ったのだろう?先ほどの安定剤が効き始めたのか、いつのまにかそのまま眠ってしまった。



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