あの娘
「あ!枢くん!」
俺の顔を見て、すぐに彼女は手を振った。
遠くの方から彼女が歩いてやってくる。
「災難でもなかった…」
「え?災難?」
目の前で首をかかげる瀬戸さんは、心配そうに俺を見る。
「いや、こっちの話。…もう大丈夫?」
「あははー…ばっさりすっきり振られました!へへへ、もう逆にすっきり!枢くん有難う!」
「何もしてないけどね」
そう笑うと彼女もおかしそうに笑った。
「そんなことないよ、有難う」
それだけ言うと俺の隣の席に座る。
クラスごとに縦の列で順に並ぶが、まさかの隣同士になる。
実行委員…悪くねぇな
「はい、それでは実行委員の皆さん集まってもらってありがとうございます。生徒会長の3年の伊藤大地です。皆さんよろしくお願いします。」
先輩の挨拶から始まり、着々と事が進んでいく。
黒板にこつこつと音が響き文字が書かれていく。
「当日の進行から段取り、補助役などなど役割いっぱいありますので、順番に決めていくのですが、もう面倒なのでクジで決めようと思います」
なんて適当な委員長なんだ。
と、思っていると隣の瀬戸さんは一生懸命に祈っている。
「瀬戸さん?」
「ん?」
やばい。俺、この「ん?」と首をかかげる仕草ツボだ。
って、変態か、俺は。
「何にそんな祈っているの?」
「えっと、出来れば…枢くんと一緒の係りになりたいなーって」
「え?」
びっくりしすぎて、ぽかんと口が空いたまま閉まらない。
「あ、なんかごめんね!私、他のクラスの人知り合いいなくて…唯一知り合いなのは枢くんだけなの」
「あ、いやいや。嫌がってるわけではないから!俺も瀬戸さんとなれたらいいなと思ってるから!」
瀬戸さんはにっこり笑って再び前に向き直る。
一瞬どきりした。
と、言うか思い切りでとんでもないこと言ってしまった。
俺、顔真っ赤じゃなかろうか?
「はい、じゃーみんなクジひいてー」
3年生から順にクジを引いていく。
俺が引いた紙には…
バスケ進行係
と、書かれていた。
「バスケ進行係?瀬戸さんなんだった?」
「私はサッカー進行係…一緒じゃないかぁ。」
そう残念そうに言う、瀬戸さん。
「はい、じゃー説明するけど、進行係に任命された人は当日試合結果の受付係をしながら、試合をスムーズに出来るように、進行してください。片付け係の人は前日に会場の準備、当日の片付けをしてもらいます。審判係りの人は、当日審判をしてもらいます。詳しい資料はこちらになりますので帰るとき受け取ってから解散してください。次の委員会は、来週になりますので、よろしくお願いします。それではこれで球技大会実行委員を終わります。」
委員長の声で皆はまばらになっていく。
「おい、枢!」
「あ、大樹先輩お疲れ様っす」
「お前も実行委員かよ。早く部活行こうぜ」
「うっす。じゃ、瀬戸さんまたね!」
振り返って瀬戸さんに挨拶すると小さく手を振ってくれた。
「瀬戸…?あ、君が瀬戸あずさちゃん?」
「はい」
大樹先輩が瀬戸さんに近づいていく。
「へぇー…君が噂の瀬戸あずさちゃんか…那月が酷いこと言って悪かったな。あいつは俺の親友なんだ。那月をそんな責めないでやってくれよ。」
「はい…那月先輩は私の大事な先輩ですので」
「那月…先輩?」
「今日のあの先輩だよ」
瀬戸さんは苦笑いをする。
あの瀬戸さんに告白をした先輩のことか…
「枢も、那月にガツンと言ったんだって?」
「あ、あれは、そのー…」
「那月、反省してるよ。別に怒ってねーし。んじゃ、あずさちゃんばいばい。」
大樹先輩は俺を連れて教室を出て行く。
「那月な。ずっとあずさちゃんが浮気されてたの知ってたんだ。あずさちゃんの元彼と浮気相手に何度も話に行ったりしたんだぜ。それでも元彼はあずさちゃんも離さないし、浮気相手も離さない奴で、我慢できなかった那月はあんなこといってしまったらしい。お前に言われて反省したってよ。」
「そうなんですか…」
「んま、辛気臭い空気はここまで!早く行かねーと顧問が怒るぞ」
「それはやばいっすね!」
俺たちは一気に駆け出した。
後ろから教育担当の先生の怒号が廊下に響いた。