汚レ唄
《麻緋》1998【16歳】その4
コンサートも終わり、私はまだ余韻に浸っていた。
ドクンドクンと胸が高鳴っている。
歌いたい。
私も歌いたい。
いつも部屋の中で歌ってるような口先だけの歌じゃなくて、心の底から歌いたい。
気持ちを込めて、全力で歌を歌いたい。
開けば歌いたくなるから、私は家に帰るまで必死に口を閉ざそうとしていた。
だけどやっぱり我慢できなくて、私は今、蒼に手を引かれ歩いていた。
何処へ行くつもりなのか全くわからないし、駅から離れてもいるし、どんどん不安になる。
もしかして迷子になったんじゃないかって。
だけど蒼の足取りに迷いなんて微塵も感じなくて、どこか目指す場所があるんだと思えるくらい1歩1歩がしっかりしていた。
大人1人分ほどの細い歩道の横、大きなトラックがビュンビュンとスピードを出して通り過ぎていく。
歩道を歩いているというのにクラクションを鳴らされることもあった。
その度に2人一緒にギュッと手に力を入れた。
私よりも広い背中。
あんなに頼りにならなかった弟なのに、今はそんな弟に頼ってる。
本当なら姉である私が弟を守らなくちゃいけないのに。
私がしっかりしなくちゃいけないのに。
今の自分が理想の自分とかけ離れていて、はがゆくて、むずむずして、無性に弟の頭を叩きたくなった。
でもまさかそんな事今できるわけもなく、口を閉じることに必死になっていると遠く向こうからザー……ザー……と波の音が聞こえてきた。