堕ちた天使と善良な悪魔。
 僕が生きていた頃。

 僕が死ぬ前の物語の中で。

 別れてしまった君は、今どこで何をしているんだろう。幸せであればいいと願うこの心の片隅で――不幸であればいいと願う闇が、確かに息づいていた。

 君が幸せならば、僕は君の隣に行くことは出来ない。
 君が不幸ならば――もしかしたら、また会えるかもしれない。

 そんな卑しい密かな願い。でもそれは何だか僕がまだ人間であることを証明してくれているようで、君には悪いと思いながらも、愛おしく感じてしまう。

 あの日、君は堕ちた天使だった。
 あの日、僕は善良な悪魔だった。

 偽善と偽悪の織り成す奇怪な運命の螺旋の中で……僕は君を求め、君もまた僕を求めた。

 きっと、愛など無かったと思う。そこにあったのは満たされないことへの憎しみと、どうにもならないことへの怒りと、ほんの少しの――憧れだった。

 異形の僕らでも、幸せになれるんじゃないだろうか。

 そんな悲愴な、切実な願いを胸に僕らは交じり合い、想いを綴り合い、そして離れ離れになってしまった。

 僕は今……第二の生を生きている。異形のままで。

 これはきっと罰なのだろう。悪魔として生まれながら、天使である君を求めたことへの神の裁きなのだ。

 そしてこれが本当に罰なのであれば……君もまた、天使でありながら悪魔である僕を求めた罪を、咎められているだろう。

 それなら、また会えるかもしれない。
 前とは姿かたちの全く違う僕らだけれど、もう一度巡り逢えるかもしれない。
 もしそうなったとき……君は何を選択するだろうか?

 僕と再び、手を取り合ってくれるだろうか?
 それとももう既に、他の誰かと幸せに暮らしているのだろうか?
 君が不幸であればいい。
 君が不幸であればいい。
 君が不幸であればいい。
 僕はまた、君に会いたい。

 この世界は――僕には少し、遠いから。

 鏡の中の自分に睨まれるのは、もううんざりなんだ。
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